おば太郎2021年06月12日 21:42
今朝、坂ダッシュをしていたら、坂の前に住んでいるおばさんからひとこと、

「お兄さん頑張って!」

と言われました。
面識はまったくない赤の他人だったのにも関わらず、なぜかその応援メッセージが他の人から言ってもらった時よりも嬉しかったのです。

なんで嬉しかったのだろうと考えている中で自分なりに理由が3つ見つかりました。

1つ目が、「オフラインで顔を合わせていたからです」

SNSをやっているとありがたいことに「頑張ってください」とお言葉をいただくことがありますが、対面で言われた方がより相手からのメッセージが伝わりやすいんだと思います。
会って話すって大事なんだなと思いました。

2つ目が、「純粋な応援だと感じたからです」

坂を走っている赤の他人に対して、声をかけるという行為は心理的な負担があります。
それでも声をかけてくれたので僕は、「この人は純粋に応援してくれているんだ」と瞬時に感じとったのだと思います。
普段顔を合わせる友達などに「頑張って!」と言われるのはもちろん嬉しいですが、そこには社交辞令的なものが少しあるんじゃないかな、と僕が勝手に解釈しているので嬉しさが半減しているんだと思います。

3つ目が、「予想していなかった出来事だったからです」

人間は不確実な報酬に喜びをより感じやすい生き物です。
ギャンブルなどもいつ当たるか分からないから、当たった時に嬉しさを感じやすくなります。

これと同じ論理で、応援メッセージという報酬が予想をしてないタイミングでやってきたのでいつもより嬉しかったんじゃないかなと思います。
普段の会話の中だと別れのタイミングで意識はしてなくても、「最後は頑張って、と言い合って別れる」と予測できてしまいます。


これらの3つの理由が混ざり合って、僕はおばさんの「お兄さん頑張って!」という言葉にいつも以上の嬉しさを感じたということです。

このようなことに気づいた1日でした。
そして今この文を書いていて、もう1つの気づきがありました。

「人って理由を見つけたがる生き物」


ひねくれた投稿でごめんなさい🙇‍♂️笑





[坂が大好き大学生」